「Dr.スランプ」則巻アラレ

 萌えの代表的キャラクタを取り上げて深く掘り下げるこのシリーズも4回目。今回は、「Dr.スランプ」の主人公である、アラレちゃんこと則巻アラレを取り上げる。
 大ヒットした漫画を取り上げると間違いなく言及され、冷静に分析すると萌え要素の権化のようなキャラであるにもかかわらず、萌え文脈で取り上げられることの少ないキャラだ。
 アラレがどれほどの萌え要素を持っているか、にもかかわらず萌えの系譜に載らないのはなぜかを考えてみる。
 ちなみに、個人的にアラレは多分唯一真剣に模写したキャラ。この絵は全然模写じゃないが。

 なお、今まで取り上げたキャラのラインナップは萌えキャラ一覧を見てほしい。

 さて、「Dr.スランプ」は1980年から少年ジャンプ誌上で連載されて人気を博し、さらにアニメ化されて大ヒットという形容では表しきれないほどのヒットとなり、キャラクタ商品が飛ぶように売れ、ジャンプ漫画のアニメ化路線の先鞭をつけた「国民的」ギャグ漫画・アニメである。
 なお1997年にも再アニメ化されていて、この時は鳥山タッチのアニメでの正確な再現に度肝を抜かれた。

参考:Dr.スランプ.com

絵としてのアラレ

 デフォルメされたキャラクタにも関わらず、そのディティールは極めて正確にしっかり描かれている。
 例えば帽子のつばの厚みや空気抜きの穴、サスペンダーやベルトの金具、服の袖などのまつり縫い部分など、きっちりとした観察力で的確に描かれている。
 特に手の爪や眼鏡の蔓などリアルと思われている絵柄の漫画でも省略されがちな部分も、しっかり描かれていることが多い。
 他の漫画では手を抜くという意味もあるが、そこまで正確に描くと線が多くなり過ぎてクドくなってしまう面も大きいのではないかと思うが、鳥山明は偏執狂的な正確さでディティールを描き込んでおいてクドくない。模写すると分かるが同じように描いたつもりでも簡単にクドい絵になる。鳥山明の場合は、線そのものは均一な太さの単純さがあるからだろう。線の先端が溶け込む部分は、細くなるのではなく破線で表現される。

 アラレの髪の毛は、跳ねた毛(アホ毛の一種)も一本の線で描かれずに輪郭があり、アルフォンス・ミュシャを彷彿とさせる。週刊連載などしていれば、まず最初に省略されそうな部分だが、アラレは最後まで髪の流れが分かる線で描かれていた。
 トーンによるごまかしが殆どなく、バンド・デシネの代表的作家であるメビウス的なタッチが入れられている。鳥山本人は手抜きと言っているが、ちょっとでも絵を描ける人間ならトーンの方がずっと手抜きだということは分かるかと思う。

 鳥山明のキャラ全般に言えることだが、あれだけデフォルメしているにもかかわらず、漫画のキャラとしては例外的に、立体的な破綻が殆どない。
 スーパーサイヤ人の髪型ですら立体的に表現している、超人的立体把握能力の持ち主である鳥山明ならでは。流石は田宮人形改造コンテストの入賞常連者である。
 漫画家にしては珍しく、漫画脳ではなく立体造形脳を持っていて、一度頭の中で全ての角度のイメージができてから二次元の絵に落としているタイプと言える。喩えて言うならば人間レンダラー。
 3次元的に正確な絵であることは、鳥山明キャラデザインの「トバルNo.1」で証明され、その後も「ドラゴンボール」の3D格闘シリーズ、「ドラゴンクエストVIII」などで3Dとの相性の良さは誰もが納得するものとなっている。

 そもそも連載デビュー作というのに、恐ろしいほどの絵の完成度の高さ。しかも、その後まだ上手くなるとか反則だ。
 これらの特徴は、私が描いた絵には殆ど再現されていない(ムリ)ので、鳥山明本人が描いた絵で確認してほしい。
 特にトビラ絵は、メカやクリーチャー、それに服にもの凄く気合いが入っていて毎回楽しみのひとつだった。

 ディティールやデッサンの正確さの他にも、英語の描き文字を使うなど、全体にちょっと洋物っぽいセンスの絵がアラレの絵としての特徴と言える。

物語としてのアラレ

Dr.スランプ」は、もてない男が美少女ロボット(AI)を作り、家族として生活する話である。
 どう考えても萌え漫画だ。「ぼくのマリー」「A・Iが止まらない!」「ユリア100式」と同根の物語と言える。

Dr.スランプ」は、「家庭用お手伝いロボット=メイドロボ」が巻き起こすハチャメチャコメディだ。
 どーみても「まほろまてぃっく」「鋼鉄天使くるみ」「HAND MAID メイ」の系統だ。
参考:メイド - 鳶嶋工房ゲームザッキ

Dr.スランプ」は、美少女ロボのエキセントリックな行動と、それに振り回される周囲のキャラクタを描いた話だ。
 これはもう「ぶっとび!!CPU」や「ちょびっツ」と区別がつかない。

 さて、ここで取り上げた漫画・アニメは全て萌え漫画・アニメに分類されて問題がない作品ばかりだ。ただし、「Dr.スランプ」を除く。
 しかし、どの作品も「Dr.スランプ」から影響を受けたと思える描写があり、特に「ぼくのマリー」は顕著だ。

外見属性

 アラレは、13歳(設定)身長139cmの前髪パッツンストレートのつるぺた眼鏡っ娘である。

眼鏡

 眼鏡は賢さの象徴であるが、その点アラレはエポックメイキングだった。眼鏡にも関わらず無邪気で殆ど常識・知識がない無知なキャラな上に、漫画史上に類を見ないほどの怪力なのである。
 ちなみに少年では「ドラえもんのび太が、眼鏡なのに賢くないキャラとしては先にいる。
 更に言うと「Dr.スランプ」は、藤子不二雄の王道パターンでもある、「異邦人(人でないキャラ)+不思議道具」を踏襲している。
参考:アホの子 - 鳶嶋工房ゲームザッキ

 アラレは逆U時型の目をすることが多く、その際は大きな眼鏡のレンズ全体が目玉のようにも見える。不気味に思える目玉の大きさを超えて目を大きく描いているとも言えるが、実際に目玉が大きく描かれているわけではないので可愛さはキープしている。…すげー、鳥山ってば稀代のペテン師!!(偶然だと思うが)

体型

 第一話でセンペエが、アラレの機械の体にゴムの皮を着せる描写がある(個人的には「ブラックジャックピノコのイメージが強く重なる)
 そこでアラレが言う言葉が「オッパイペッタンコ…」である。あきら…なんてエロい子。そんな女の子が哺乳瓶でエネルギーを補給するとか、どんだけエロいんだ。
 アラレにエロスがあると言うと、首を傾げるひとも多いかもしれないが、初期数話のアラレの体は細く、頭身は低めだが13歳の少女らしい体型だった。
 ただし、あっという間に頭身は縮みコロコロとした体型になってしまうのだが。

 このころの鳥山明は非常に特徴的な唇を描いていて、特に上唇のラインが色っぽい。流石得意技(自称)は「おんなのいろけ」なだけある。
 斜めから見た時に泪滴型となるこの特徴的な口は、「みなみけ」の栗型の口に繋がる系譜と言えるだろう。
 ちなみに、アラレは正面からの顎に突き出したカプセル型の口(んちゃ か ほよ を発音する口)や、横に大きく開き口角が半円形いた口(キーンを発音する口)も、アラレに特徴的な口である。
 歯や舌をあまり省略せずに描くのも特徴だ。

服装

 この頃のジャンプは、江口寿史桂正和などが活躍し、やっと少年誌にファッションの概念が芽生えてきた頃といえる。
 アラレといえば羽帽子と蝶ネクタイ、オーバーオールとスニーカーのスタイルがトレードマークだが、それの細かいバリエーションや、それとは又別の服を着ることも多く、意外にオシャレさんである。
 センベエさんのパジャマの上だけ着た姿とか、萌え的にとってもつおい。

 いろんなユニフォームのスポーツファッションや、ゴーグルなど戦闘服などの要素を取り込んだり、極めてバリエーション豊かで、かつディティールがしっかりしている。
 作中には怪獣(ゴジラガメラ)やヒーロー(ウルトラマン・スーパーマン)、映画(スターウォーズ・ダーティーハリー)などなどのパロディが数多く登場し、アラレ自身も科学特捜隊の制服などを着たりして、当時盛り上がりつつあったコミケ・コスプレ文化を後押しする形になっていた。

 着ぐるみを着ることが多く、その可愛さは「あずまんが大王」ちよちゃんのペンギン姿に通じるものがある。
 アラレは猫耳頭巾をかぶることも多い。同じ怪力メカ少女の上に猫属性まである「万能文化猫娘」ヌクヌクですら猫耳を避けたというのに、なにこのストレートな可愛さ。
参考:ネコ耳 - 鳶嶋工房ゲームザッキ

 頭巾と言えば、忍者服をあんなにしっかりと立体的に描いたのは、当時他に例がないんじゃないだろうか。

 更には、「セーラー服とブルマの組み合わせ」とか、極めて狙い所の正確な衣装も披露している。組み合わせでは「ストリートファイターZERO2春日野さくらと同じだが、スカート履かないとかお前は「最終教師」白鳥雛子か、「ストライクウィッチーズ」か!…まぁアラレはかぼちゃパンツ(ドロワーズ)いっちょでも恥ずかしがらないがな。
参考:学生服 - 鳶嶋工房ゲームザッキ

髪型

 髪型も、前髪パッツンストレートを基本として、両結びやお団子など様々なバリエーションがある。
 単に見た目だけを言えば、長い睫毛のぱっちりオメメに太ふち眼鏡のロングヘア美少女であり、キャラデザイン的には委員長キャラの王道である。
 この一見委員長キャラが、怪力のアホであるというギャップが、あるいはロボットなのに近眼であることがギャグとなる。
 あと耳の横にある後れ毛がエロい。私が後れ毛好きなのは、どう考えてもアラレのせいだ。目と眉が離れ気味なのも、頬が丸く膨らみがちなのも、アラレの影響だ。

内面属性

 アラレは、怪力のロボット娘で、妹(設定)で病弱で入院していた(設定)もある。

ロボット

 アラレのベースは「鉄腕アトム」ウランではないかと思う。
 頭を取ったり首をぐるりと回したりして人を驚かすのがパターンのひとつだが、生首で喋るアラレはドウェル教授も嫉妬するフェティッシュな魅力がある。

 車を軽く放り投げる位は当たり前で、惑星を割る程度は単なる「得意技」のひとつでしかないほどの怪力。
 近年人気の怪力幼女の原型と言ってもいいだろう。

参考:ロボット怪力美女・怪力娘・怪力幼女

好きな物

 好物はぺろぺろ(ぴろぴろ・ぴろりん)キャンディ…哺乳瓶の乳首をちゅーちゅーするのに飽き足らず、ぺろぺろときたよ!!
 しかも、お腹…というか股間から取り出すとか、ナニそれ。その上、そのぺろぺろキャンディを「ほい」とケツむき出しの(ニコちゃん大王の)子供に渡してしまうとか、正気じゃねぇエロさだ。ぺろぺろ。

 センベイは、アラレが食べたものを腹から取り出して食べたりする。吐瀉物プレイかつ糞尿プレイといえる(ちなみに、これは「鉄腕アトム」のパロディでもある)
 兄のセンベイが妹が食べたものを取り出して食べる変態なら、アラレ自身はウンチ好きの変態である。スカトロもここに極まれリ、だ。
 ちょっとここに萌えるのはハイブロウすぎる気もするがな!

鳴き声

「んちゃ」「ほよ」「キーン」「つおい?」etc.の過剰なほどに名古屋弁をベースにしたアラレ語を駆使する。これは手塚治虫ブラックジャックピノコの「あっちょんぶりけ」から、その後の萌えキャラの「鳴き声(例:うぐぅ)」への架け橋となった。
 個人的にはOちゃんの「バケラッタ」以上の萌え鳴き声は無いんじゃないかとおもうが、それはそれとして、アラレはまだ語彙の少ない子供が、造語を駆使して喋る可愛らしさを存分に体現している。
 この部分はキャラクタとして、非常に真似しやすい。

セクハラ娘

 アラレはオッパイにも興味を示す行動も多く。萌え作品に一人はいる「オッパイ揉み担当」の女の子のポジションでもある。
 男が女性キャラにエッチなことをすると、PTAから悪書扱いされるが、美少女のセクハラはほぼ際限がない。

まとめ

Dr.スランプ」は、「技術力だけはあるオタク(センベイ)が、美少女ロボットを作り妹として同居する」という、完全無欠の萌え設定な上に、キャラとしてもこれだけ萌え要素に溢れたアラレだが、萌えの元祖みたいな取り上げられ方をすることはあまりない。
Dr.スランプ」の編集者であるDr.マシリトこと鳥嶋和彦が「電影少女」を発案したことからも、アラレは代表的な萌えキャラになる要素はたんまりとあった。
 特に連載開始数回のエロさは特筆すべきことで、アレでロリコンへと道を踏み外した人も少なくないのではなかろうか。
 この時点では、ライバルのお嬢様タイプのロボットとかが次々と登場する萌え漫画になる可能性もあった。しかし、鳥山明は「女の子の描き分けができない」のを自虐ギャグとして使うほどで、実際にかわいい女の子の顔はひとつしか持たないと言っても過言ではない。ただこれは、萌え漫画を描く場合の決定的欠点ではなく、どちらかと言うと本人があまり描きたがらなかったのが原因のようだ。

 しかも、鳥山明が色恋ごとに淡白なため恋愛要素に乏しく、それに付随する女の子らしい反応がぜんぜんなかったのも、萌え方向に進まなかった原因のひとつ。「じゃあ結婚すっか」で結婚しちゃうような漫画を描く鳥山明にそれを期待するのは酷かもしれない。
Dr.スランプ」の中にカップルがいないわけではなく、むしろかなり多く、アラレ自身が男性に惚れられることも少なくない。にもかかわらず、恋愛の機微などと言ったものからは、とことん遠いところにいたのがアラレである。

 同じ鳥山明のキャラデザインであるスクウェアクロノトリガールッカが、あったかもしれないアラレを端的に表すキャラクタと言える。
 その容姿はほぼアラレで、その容姿を裏切らない頭脳明晰で恋もするキャラクタだ。

 また、描きやすさが萌えキャラには必要だが、「鳥山明は真似するには絵が上手すぎた」のも萌え的には問題だった。
 決まった服を着るわけでもなく、その他の要素にしても力持ちなどのビジュアル記号では現せない特徴が多く、基本的なデザインは、ツノやシッポがあるわけでもなく、耳が尖っているわけでもなく、意外に王道ヒロインで普通…有り体に言って地味だ。ちょっと間違えると眼鏡をかけたイルカ(歌手)か可愛い大木凡人になってしまう。

 アラレは直接に萌え文脈で語られることは少ないが、その与えた影響は非常に大きい。
 可愛いキャラであることは万人が認めるところだが、その可愛さは萌えよりも、ディズニーやサンリオのキャラクタにより近い。
 萌えキャラというより「萌え寸前キャラ」と言えるかもしれない。