「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」草薙素子
萌えの代表的なキャラを取り上げてとことん語るこのシリーズ、今回は「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」草薙素子1989を取り上げる。
攻殻機動隊は海外での評価も高く、「マトリックス」などにも影響を与えた、漫画・アニメに於けるサイバーパンク表現の頂点的作品だ。
ちなみにサイバーパンクとは「ニューロマンサー」に代表されるSFの一ジャンルで、大雑把に言うと「ネットワーク接続可能なサイボーグが一般化した世界」を描くSF。
なお、今まで取り上げたキャラのラインナップは萌えキャラ一覧を見てほしい。
「攻殻機動隊」は士郎正宗の描いた漫画および、それを原作としたアニメ映画「GHOST IN THE SHELL/攻殻機動隊」「イノセンス」、さらにTVシリーズ「攻殻機動隊 S.A.C.」シリーズ、およびゲーム作品である。
作品としては漫画が原作で、一般に有名なのは映画版だが、キャラとしてのイメージはTVシリーズのデザインが一番人気がある。映像にしても話にしてもキャラクタデザインにしてもTVシリーズがもっともバランスが良く、一般性が高く親しみやすい。
以下は、主にTVシリーズの草薙素子を中心に語る。
草薙素子は通称「少佐」と呼ばれる、公安9課所属の全身サイボーグであり実質的リーダー、そして個人としても武器、格闘、電脳戦(ハッキング)のエキスパートというスーパーウーマンである。
草薙素子の名前は電子部品を指す
草薙素子は脳だけがオリジナルの全身サイボーグ(フルボーグ)である。萌え的にはロボットと同じメカ娘に分類される。
外見属性
髪型
その外見は綾波レイと同じく「謎の円盤UFO」ゲイ・エリス中尉1970からの影響が強いように思える。主に紫の髪が。
また髪型が独特で、サイドの髪が前方に突き出て鎧の頬当てのようになっていて、「お前はガンダムか」とツッコミのひとつも入れたくなる。これが激しい動きでも下に垂れることなく定位置に戻る。感情表現の為に動いたりはしないものの、ほぼアホ毛といえる。
リアルな世界観の中でこの髪は、ひときわ異彩を放っている。
なお、頬当てのようになっていることで表情を隠すことができるのが、この髪のデザイン目的かと思われる。
クールな風来坊が、コートの襟を立てる理屈と同じだ。
参考:「新世紀エヴァンゲリオン」綾波レイ - 鳶嶋工房ゲームザッキ、アホ毛 - 鳶嶋工房ゲームザッキ
女性型義体
素子は全身サイボーグなので、その外見がオンナである必要も、それどころか人型である必要もなく、まして肌を露出した衣装や大きな乳房の必要などはさらさらない筈ではある。それに対する回答の一つとして作者の士郎正宗は「ブラックマジックM-66」の単行本で、女性型だとスケベな男が一瞬躊躇する、ということを述べている。
それは単なる言い訳ではなく事実だと思うのだが、結局のところは男だけでは画面的に地味だから、というのが一番大きな理由だろう。例えば素子のセックスフレンドが女性なのは、男の裸とか別に読者も見たくないでしょう、と言っているのからも分かる。…いや、てゆーか、あんたが女の裸を描きたいだけでしょ。
なお、漫画版は量産された外見という設定であり、華奢で可愛い外見をしている。プロフェッショナルであることをターゲットに悟らせないための工夫の一つというエクスキューズはあるが、結局これも士郎正宗の読者サービスという名の趣味とは思う。
ハードに見えて意外にパルプマガジン的お約束というサービス精神をしっかりもっているのが「攻殻機動隊」だ。
衣装
少佐は色々な服を着るのだが、単体のイラストで見ることやフィギュア化される率も高い、「STAND ALONE COMPLEX」のコスチュームで細かい部分を考えてみる。
思ったんだがその腰を覆っている黒い布、これブルマだろ。ブルマだよね、うん。これだけブルマが似合う少佐は、あんたと坂本少佐ぐらいのもんだよ。あ、坂本少佐はスク水か。
ハイレグに所謂ニーソ(的なもの)を合わせるとか。水着(的なものに)ベルトを乗せて、ベルトの上に肌をむき出した部分を作り、より裸を意識させるとか。正義のヒーローの証といえる黒のグローブしてるとか。ビスチェには縦ラインを入れて立体感を強調とか。色をピンクにして男性的性格と女性的な容姿のギャップにさらにてこ入れするとか。下着姿(的なもの)に黒のジャケットとか完全に露出趣味の痴女だが、それがいい!とか。
案外にあざといデザインで、他の作品の衣装も多かれ少なかれ同様の、ボディコンシャスな傾向を持つ。
股間は下着同然というか下着以上なのでコスプレには難易度が高い。恥ずかしいという意味と、肉体的美しさが要求されるという点で。
他にもパンツルックもあるにはあるが、ボディラインがくっきり出るので、さほど難易度は下がらない。軍服では素子というキャラっぽさがない。難儀なキャラだ。
代わりにフィギュア人気は高く、見られるデザインとしての衣装として非常に高いレベルのものであることの証左と言える。
ただ、これらの外面デザインは比較的無難なできばえで、既にわりとスタンダードであったキャラクタデザイン要素を組み合わせたものと言える。
つまり、草薙素子的なキャラクタはその後増えたが、それは単純に草薙素子のパクリというわけではなく、草薙素子が引っ張ってきたのと同じネタもとである可能性も強いということだ。
そのようなわけで、萌えキャラデザインの流れには、さほど大きな影響は与えていないと思われる。
映画からの影響
映画「ブレードランナー」1982では、人間そっくりの見た目のレプリカントというロボットが登場し、そこには何体かの魅力的な女性型のレプリカントが登場した。
そしてこれも人間そっくりの外見のロボット「ターミネーター」1984は、その圧倒的なパワーをスクリーンに映し出した。主役のサラ・コナーの精神的な強さも魅力で「サラコナー・クロニクル」というスピンアウトのTVシリーズも作られている。
「エイリアン2」1986ではバスケスとリプリーの女性達の勇ましい活躍と、アンドロイドのビショップが印象深い。
さらに日本の特撮「宇宙刑事ギャバン」に影響を受けた映画「ロボコップ」1987が大ヒットした。映画の最後に瀕死の同僚アンのサイボーグ化を示唆するセリフがあったにもかかわらず、次回作では丸っきり無視された。
これに怒った士郎正宗が、上記の映画群の影響を受けつつ草薙素子を創造したに違いない、と個人的には思っている。特に少佐の義体がもつ赤い瞳はレプリカントとターミネーターの記号を拝借したものだろう。
怒ったのは「殺人サイボーグ リタリエーター」1987のあまりのヘボさ、に対してかもしれないが…
内面属性
サイボーグ
「攻殻機動隊」の時代の多くの人には首筋にプラグが埋め込まれており素子も例外ではない、これにより所謂ジャックインが可能となっている。首筋にプラグというのは当時でも使い古された感のあるガジェットではあっが、サイバーダイブ(ネットワークに意識を潜らせる行為)を視覚的に表現する工夫が様々に行われたのは面白かった。そして「RD 潜脳調査室」2008では「攻殻機動隊」をベースに、より洗練された表現が使われている。
「攻殻機動隊 S.A.C. 2nd GIG」での少女期の素子は、激しいトレーニングを受ける「ブラックジャック」ピノコ1973とイメージが重なる。
ちなみに、「攻殻機動隊」にはハダリというガイノイド(セクサロイド)が登場するが、これは「未来のイヴ」ハダリー1886からの引用である。
サイボーグについては、後でまとめて語りたい。
パワードスーツ
タチコマは「ドミニオン」で描いたタンクと、「アップルシード」で描いたパワードスーツ(ランドメイト)の進化系だ。
搭乗者を弾丸や破片から保護し、高速移動を可能にし、さらには単独行動によるバックアップまでこなすタチコマは、スーツでありマシンでありキャラクタでもある。
鎧かつキャラクタであるタチコマは、例えば「バンパイアハンターD」左手のような、寡黙なキャラクタとの対比でより魅力を引き出す仕組みとして有効に機能している。
女性隊長
女性リーダーで有名なのは「タイムボカン」マージョ 1975から始まるシリーズの三悪トリオ、特に「ヤッターマン」ドロンジョ1977が一番だろう。
アニメの味方女性リーダーは「ゴワッパー5 ゴーダム」岬洋子1976を嚆矢とする。
敵ではあるが「デンジマン」へドリアン女王1980も、非常に印象深い女性リーダーだ。
アニメ「超音戦士ボーグマン」メモリー・ジーン1988、漫画「サイレントメビウス」ラリー・シャイアン1988という、お姉さんポジションのリーダーも登場。
そして草薙素子の登場となるわけだが、部下に女性(ガイノイドは除く)は全く存在しない。1990年代になるとメンバー中の紅一点というパターンは非常に珍しくなっているのだが、珍しい故に逆を狙っていったと言えそうだ。
ただ士郎正宗の漫画に登場するチームは、概ね紅一点パターンと言ってよく、単に作者の趣味という気もする。
日本でも女性が上司の職場も珍しくなくなってきており、女性リーダーが自然と受け入れられる環境が整ってきたといえるだろう。
きびきびと命令を下す女性が好きな女王様趣味とも合致し、そのあたりも人気の一つとなっている。
ただ、あまり草薙素子が女性の憧れという話は聞いたことがないので、女性の意識は女性リーダーを求めていないのが現状なのかもしれない。
公安の女
アイザック・アシモフ「鋼鉄都市」R・ダニール・オリヴォー1953や「鉄腕アトム」ゲジヒトをはじめとし、メカ刑事というのは人気の高いモチーフで、「ロボット刑事」「宇宙刑事シャリバン」「ロボコップ」「機動刑事ジバン」「特警ウインスペクター」と、脈々と流れがある。
冷静で記憶力や計算能力が高く、ルールを杓子定規に守る刑事は、ロボットの適職だ。
「ブラックマジックM-66」では非人間的女性型軍事用ロボット、「アップルシード」ではパワードスーツやサイボーグで編成された対テロ部隊(ESWAT)、「ドミニオン」のアンナ・プーナ、ユニ・プーマのコンビは極めて人間的な女性型ロボット(猫耳)で、コンフリクト編では何故か婦警になっている。
士郎正宗はひたすら、国家権力+女性+メカという組み合わせの作品を描いていると言ってもいいぐらいだ。
草薙素子は、くのいちの忍術の理由に「サイボーグ」を採用したキャラ、と言えば多くの人に納得してもらえるかと思う。
その意味では「009ノ一」が素子のルーツと言える。そして忍者ももちろん国家権力の手先である。
草薙素子はサイボーグなのであくまでも性格は人間のそれなのだが、その性格設定は冷静で知能も高く、精密な動作を得意とするという強いロボット的イメージがある。
実際に作中でも一見した人から、白い血が流れてそうなほどロボット臭いというような評価を受けていた。
ちなみに、白い血は「エイリアン2」ビショップなどから続く伝統のロボット血液だ。
ルールを杓子定規に守るという点に関しては、違法ポルノソフトを製造していたりして、相当融通が利く人間的な面がある。
戦うヒロイン
少佐は「チャーリーズエンジェル」や「007」シリーズのボンドガールのような、プレイボーイのピンナップガール的なヒロインの延長にある。
有り体に言えば「ルパンIII世」峰不二子と同じジャンルの女性だ。そしてそこにSFの要素を加えた「コブラ」アーマロイドレディや前述の映画のヒロインを経て、草薙素子に至るというのがざっくりとした流れだ。
草薙素子がピンナップガール的ではないのは、単に銃器の扱いに長けているという設定だけではなく、実際に描写される所作がリアルであることだ。
それまでも銃を持って戦うヒロインは登場したが、しっかりとした銃の知識に裏打ちされた動きではなく、格好よさ優先であったり、未来過ぎて現実の銃器と扱いが違いすぎたり、あるいは単には画面に花を添える以上の役割を持っていなかったりした。
しかし、ミリタリーオタクの失笑を買っていたヒロインの時代は終わり、士郎正宗のように作者自身がミリタリーオタクである時代を迎える。
銃器を扱うプロの女性のイメージは、「アップルシード」デュナン・ナッツ→草薙素子の流れと、園田健一の漫画「ガンスミスキャッツ」で定着した。当初は漫画では見ることもあるという状態だったが、現在では「マドラックス」「ブラックラグーン」「パンプキンシザーズ」など、銃器のプロフェッショナルである女性が活躍するアニメ作品も珍しくなくなっている。
まとめ
「攻殻機動隊」はサイバーパンクという一時は陳腐化したジャンルを復活させ、女性もののミリタリーアクションを定着させ、日本アニメのレベルを海外に知らしめた記念碑的作品である。
そして草薙素子も、ヒロインの領域をSF的そしてミリタリー的に「ここまでマニアックにやってもいいんだ」という指標ともなった記念碑的人物である。