「リボンの騎士」サファイア

 さて、今回は手塚治虫リボンの騎士サファイア(サファイヤ)1953を取り上げる。
リボンの騎士」はアンドロギュヌス(男女両性)ヒロインの元祖であると同時に、少女漫画の祖でもある。約半世紀前の作品であることを念頭においてもらえれば、彼女がいかに革新的なキャラクタであったか分かるかとおもう。

 なお、今まで取り上げたキャラのラインナップは萌えキャラ一覧を見てほしい。

「少女クラブ版」その続編「双子の騎士」、リメイク「なかよし版」「TVアニメ版」、そして「少女フレンド版」それぞれに違いがあり、雑誌掲載版と単行本、さらに全集版だとまた大量のコマに手が入っていたりと、サファイアのキャラクタを特定するのは意外に難しい。服装にしても版毎に違う他、同一作品でもちょこちょこと異なっている、流石は一王国のご息女ともあらせられるかたは、衣装持ちということか。
 本稿ではTVアニメ版をベースに、どのサファイアという特定はせず、全ての版で登場したサファイアサファイアとして取り上げる。名前にしてもサファイヤという表記もあるが、以下全てサファイアで統一する。
 ちなみに、現在なかよしで花森ぴんくが連載中のやつは無視する。少なくとも萌えにまだ何の影響もないからだ。

リボンの騎士」は、「王女として産まれたサファイアが、男でなければ王となれないしきたりから、男として生きることになる」というのが基本設定。
 さらに天界でいたずら天使のチンクがサファイアに男の心を入れ、それに気づかず神が女の心を与えたた。後にその悪戯に気づいた神から、余分な男の心を取り戻してくるようチンクは地上に降りてくる。それが、もう一つの設定。
 その基本設定の上、サファイアは女ではないかと疑う野心家ジュラルミンの執拗な策略、隣国の王子フランツとのロマンス、サファイアの一つ余分な心を狙う悪魔、という幾つもの軸が錯綜した物語だ。

参考:TezukaOsamu@World

少女漫画の中のリボンの騎士

リボンの騎士」は少女向けに描かれた最初の本格漫画とされる。ちなみにその直前に描かれた児童漫画「ピピちゃん」はかなり女の子向けで、後の「海のトリトン」のヒロインの原型でもある。
 人魚ものの「ぴちぴちピッチ」を描いた花森ぴんくが、「リボンの騎士」を描くのはある意味正しく手塚を踏襲していると言える。

 レンガや唐草模様のような装飾枠や薔薇などの背景、ぱっちり睫毛に星(ハイライト)がちりばめられた瞳のキャラ、そんな華やかな画面や王子と王女のロマンス、そしてディズニー的動物が多く登場するファンタジーに溢れた本作は、少女漫画の成立に大きな力となった。
 手塚治虫は宝塚(もちろん地名)出身であることもあり、宝塚歌劇には強い愛着を持っていた。
「森の四剣士」と「奇蹟の森のものがたり」で宝塚的世界を描いた手塚治虫の、満を持しての少女向け作品、それがこの「リボンの騎士」である。
 サファイアのタイツは王子の典型的デザインでもあるが、それは王子よりむしろバレエやミュージカルのような舞台を意識したものと言えるだろう。
 また、サファイアは「すみれの花咲く頃♪」と宝塚の代名詞とも言える歌を歌う。

 そして巻頭言で手塚自らが語った通り、「リボンの騎士」の中には、数多くの物語からの引用(それは映画も含めたものだ )が溢れ、物語の展示場的様相を呈している。
 あるいはそれは剽窃の誹りを受けるものだったかもしれないが、まさにそれこそが日本漫画の本質であり原動力と言えるものでもあった。
 互いにキャラや技法をシチュエーションを盗み合うことで、日本漫画は急速で高度な発達を迎えることになる。

リボンの騎士」の女の子が男の子のように振る舞うというコンセプトは、当時の少女達に熱狂的に受け入れられた。
 しかし「リボンの騎士」後は意外にスーパーヒロインは登場せず、少女漫画は受け身の薄幸少女ばかりが描かれることになる。例外的に石川球太「スーパーローズ」1959が出たくらいかと思う。
 スーパーローズのウサ耳全身タイツにマントという凄いコスチュームは、「けっこう仮面」のウサ耳全裸ブーツに受け継がれ、さらに「セーラームーン」の巨大ツインテール月野うさぎという名前に受け継がれ…てませんか、そうですか。
 でも「月面兎兵器ミーナ」には受け継がれてるんじゃないの?

 閑話休題
リボンの騎士」後の少女漫画は、水野英子「星のたてごと」が手塚治虫直系として存在する以外は、どちらかと言うと、既に少女小説で人気だった薄幸の少女のお涙頂戴物に流れ、物語は矮小化されていく。絵的にも、描き手の画力不足により背景の減少とアップの多用、静的ポーズのスタイル画挿入の流行、これらにより物語は崩壊し、アクションは消えていった。
 また「ファンタジー」という要素は、(おそらく)多くの少女マンガ家が動物を描けないという、しょーもない理由で主流とはならなかった。
 そして少女漫画の世界は、和田慎二魔夜峰央柴田昌弘弓月光といった少数の例外を除いて男性作家はいなくなり、少女独特のイメージ優先の世界へと変貌していく。
 しかし、それはまたコマに捕われないレイヤー構造を持った漫画、雰囲気を大切にし見開き構成の美しさを持った漫画、さらにアップを多用した繊細な表情・心理描写を持つ漫画、という手塚治虫からの「進化」でもあった。

 その後、ロマンスはラブという形で、ストーリーもまたシチュエーションやエピソードというお手軽な形で復活する。
 そしてアクションがスポコンの形をかりて復活し、「リボンの騎士」で描かれた「アクション・ロマンス・ストーリー」を少女漫画(と読者)が取り戻すのはおよそ20年後の「ベルサイユのばら1972の時代まで待つ必要があった。
 そして史実を元にした「ベルサイユのばら」に、「ファンタジー」要素はあまりない。
 凡百の作家が後を追うには、新しすぎ、内容が豊かすぎた漫画でもあったと言える。

 その後、セーラームーンなどにより、アクションを含む少女漫画は当たり前のものになるが、これはアクションを描ける画力が少女マンガ家についた、と言うより車田正美が開発した「画力がなくても必殺技を叫べば、戦闘シーンが成立する」手法によるところが大きい。
 そういう意味でも、「リボンの騎士」は未だ越えられることのない名作と言える。

アンドロギュヌス

 サファイアは少女と少年の魂を持った、両性具有(アンドロギュヌス)のキャラだ。
 一応体は女性ということになっているが、12歳(か15歳)という年齢を考えれば肉体的に中性であると考えて差し支えない。

 手塚治虫は、「メトロポリス」ミッチィで男性でもあり女性でもあるキャラクタを描き、それがアトムへと繋がり、さらに「リボンの騎士サファイアへと繋がる。
 サファイアの顔はアトムと酷似している。もちろん手塚があまり可愛い子のバリエーションを持ってないだけ、とも言えるが。アトムは最初少女として設定されたのは確かで、サファイアは描かれるはずだったアトムでもある。
 男と女の心を持つという奇妙な設定のサファイアだが、「ロストワールド」植物人間のあやめ・かえで、「吸血魔団(38度線上の怪物)」結核菌モオド、といった人外ヒロインから見れば全く普通と言ってもいいほどだ。
 手塚治虫は、このあたりで一般でも受け入れられる限度、というものを掴んだのではないかと思う。
 とはいえ、その後また「火の鳥」ムーピーとか描いちゃうのが手塚治虫手塚治虫たる所以でもある。

 両性具有と言ってもふたなりという感じではなく、サファイアの場合はその時々で変身している印象が強い。「おれがあいつであいつがおれで(転校生)」のような男女間で入れ替わるものや、「らんま1/2」「ふたば君チェンジ♡」のように一人の人間が性転換(変身)するものに近いと言えるだろう。
 実際、サファイアは物語中に増減する心の数によって完全な男になったり女になったりもする。余談だが「ゼルダの伝説」リンクのHPゲージがハート形でそれを増やすのにハートの器が必要なのは「リボンの騎士」の影響だと思っている。ハートの数でリンクが男になったり女になったりしたら面白すぎるが。

BLとしての「リボンの騎士

 フランツ(隣国の王子)、ブラッド(高貴な海賊)、チンク(天使)というラインナップは、王子様・不良(お兄様)・ショタという少女漫画の王道をきっちり揃えている。プラスチック(ボケボケ)が賢くなった後は、サファイアを慕う部下的位置にきて、これはこれでいいお相手だ。

 対して、サファイアに絡むヒロインは、ヘケート(おてんば悪魔)、フリーベ(強引な女剣士)、ビーナス(美人で嫉妬深い)、という感じでまぁ悪くはない。
 しかしヘケートは版毎に性格が違い、TV版だと引っ込み思案でまるで逆だ。フリーベはサファイアが女と知るとあっさり諦める(まぁ普通はそうだが)、ビーナスはサファイアの相手ではなくフランツを挟んだ恋のライバル、というわけであんまりサファイアの女を相手とした恋愛を描く気はなかったようだ。
 実際スターシステムで他の漫画に登場するサファイアは、丸っきり女役ばかりだ。

 ところが、女を相手とした恋愛はなくても、男としての恋愛はある。BLだ。
 フランツをからかうサファイアに、竹宮恵子的JUNEの香りを感じた読者も多いのではないかと思う。いやむしろ、竹宮恵子こそフランツxサファイアに「JUNEの香りを感じた読者」そのものだっただろう。そしてこのときむしろフランツの方が「受け」に感じる。
 だいたい王子なのにチャーミングとは、なんて女の子っぽい名前だろう。チャーミングこそヒロインで、サファイアはヒーローであったと読むことも容易だ。

 女装したサファイアの美しさを男装のサファイアに語るフランツというシチュエーションは、「ベルサイユのばら」でオスカルとフェルゼンの間でも描かれ、定番シチュエーションとなっている。
 これはノンケの男に恋した男が、女装して意中の相手の気を引くというように読める。特に男の心が強く出ていたサファイアだと、まるきりそう読める。これがBLでなくてなんであろう。

 手塚治虫は「新選組」という極めてBL的な作品も描いており、萩尾望都をはじめとして「新選組」に「悪い影響(笑)」を受けたとする漫画家も多くいる。
 ちなみに、手塚治虫が「ヤマ、イミ、オチのないダメ漫画」を略し「 やおい漫画」と呼んだのを、やおいの語源とする有力な説(都市伝説?)がある。
 いや、その影響与えたのあんたじゃーん。「バンパイヤ」のロックxトッペイとか、もろBLじゃねーかよ!と突っ込みたくなる話だ(いや、手塚治虫が「ヤマ、イミ、オチのないダメ漫画」を描いたって訳じゃないけどね)

メタモルフォーゼ

 サファイアは男装したり女装したり、カツラをかぶったりマスクをつけたりして変身するが、その他にも海賊風、吟遊詩人風など多くの衣装を着る。以下で書く4つの服はあくまでも代表的なものに過ぎない。
 様々な衣装を纏うサファイアは、リカちゃん人形的楽しさを読者に与えた。

 さらにサファイアは魔法によって白鳥、ウサギ、馬、はては薔薇と様々なものに変身する。
 舞台での動物役(「白鳥の湖」オデットなど)を意識してか、人間が衣装を着たような姿でも描かれる(単行本化に際して、なぜか動物に近く描き直されている)。どこまで手塚が意識したのかは不明だが、それは擬娘化の嚆矢とも捉えることができる。
 ちなみに、少女クラブ版の悪魔の娘ヘケートはミッキーマウスのような耳を持ったキャラ、なかよし版では猫やヤギに変身し中間形態はネコミミ少女そのもの、そして「双子の騎士」鹿娘パピ、これらも極めて擬娘的だ。

 メタモルフォーゼは、上記のアンドロギュヌスとともに手塚が好んだモチーフでもあり「バンパイア」や「ドンドラキュラ」などで動物への変身が見られる。
 そしてまた漫画の特性でもある。1コマ後には同一のキャラクタが全く別のものに変わり、しかも同じキャラクタと言う同一性も保っているという面白みがここにはある。

4人のサファイア

 心の数の増減などでも変化の有るサファイアだが、外見としては大きく4つに分けられる。
 サファイア王女、サファイア王子、亜麻色(あまいろ)の髪の乙女、リボンの騎士、である。

サファイア王女

 まずは王女としてのサファイア
 シンデレラをはじめとして女の子の憧れである「王女(プリンセス)」を主人公に据えた。これは少女向け作品の王道だろう。王道であるが故に、それ自体は特筆することでもない。
 ショートヘアのサファイア王女は、美少年の女装であるように見えるのだが、手塚治虫は確信を持ってこれが萌えると思っている(に違いない)。というのも、後の版になるほどサファイアは女扱いを嫌う傾向にあるからだ。
 アニメの1話目で、女の格好をいやがりつつも動物達に女装させられてしまうサファイアは、美少年がお姐さん達に捕まって女装させられてしまう、というパターンと同様のシチュエーションであり、それは「みなみけ」マコトや、「美鳥の日々」真行寺 耕太、「ハヤテのごとく!綾崎ハーマイオニーなんかに見ることができる。

参考:姫・お嬢様 - 鳶嶋工房ゲームザッキ

癖っ毛の黒髪

 ショートで跳ねた黒髪は、癖っ毛だった手塚治虫自身の幼少時代をモデルにしたという話だ。その髪型には、ベティ・ブープの影響が見られる。それはアホ毛の元の一つでもある。手塚作品では「ふしぎなメルモ」において、完璧なアホ毛が作られることになる(当時はアホ毛という呼び方はないが)
 黒髪のパーマ(癖っ毛)は白黒の漫画では表現しにくい。そこで取られたデザインがベティであり、サファイアである。ちなみにハム・エッグやアトムもそうだ。

参考:アホ毛

 前髪はロカビリーのリーゼント風で、亜麻色の髪の乙女以外に共通する少年的な特徴である。これは「W3(ワンダースリー)」ボッコ(ウサギフォーム)の髪型でもある。これがキラキラおめめの上にあると、逆に女の子っぽい。
 前髪を目の間に垂らすこのキャラクタデザインは、「チェッカーズ」が一世を風靡するずっと前のことだ。この前髪は、何かを隠しているキャラの暗喩であり、「BLEACH朽木ルキアなどにも通じるものでもある。
 ちなみに、後に手塚はTV版のフランツ役にロックを当てたことを「失敗だったかも」と述懐する。多分、リーゼントといい中性的なキャラといい、サファイアとかぶりすぎるからだろう。

青い目・青い服

 サファイアは黒髪に青い目という結構珍しい組み合わせで「西洋世界での神秘的イメージ」を象徴するものだ。他だと「小公女セーラ」や「ふしぎの海のナディア」なんかがいる。
 ただし、これはアニメの彩色で、漫画のカラーページでは鳶色の瞳で描かれていたりもする。

 概ね青いドレスを着ている。青は高貴な血を象徴する色だ。ちなみにTV版1話で着せられたのは赤ずきんルック。

サファイア王子

 版毎に微妙な違いがあるが、設定では12歳、身長166cm…背ぇ高っ!この年齢でこの身長。男の心ほうが強く出ていたことを示している。
 リボンの騎士として描かれるのも、思い出されるのもまずこの「男装の麗人サファイア王子」である。劇中の姿もほぼこれ。

 当時はまだ男らしさ女らしさが大事にされた時代。読者の少女が、私も男の子の格好をしてみたい!、とサファイアに憧れたのも当然のことだろう。
 そしてサファイアはお姫様でもあるのだ。きまぐれに姫になったり王子になったりすることを夢想して、当時の少女たちはどれほどときめいたことだろう。物語の中のサファイアは男女の入れ替わりが不本意だったりもするが。

 サファイアは少女が演じる少年役の代表である「小公子」セドリックや「ピーターパン」のイメージを借用しているだろうし、何より手塚治虫は宝塚スターの淡島千景の男役姿にインスピレーションを得て、サファイアを創作したという話だ。
 女の子が演じる男の子のエロティックな様は、いまさらここで強調するまでもないだろう。

リボンの帽子

 サファイアリボンの騎士の名の通り、頭に大きなリボンつきの鍔広の帽子をかぶっている。
 概ね黄色の鍔に、リボンの色は赤で白と黒のストライプが入っている。場合によっては羽飾りだったりもする。
 このリボンの形状はかなり特異で、ハートが3つ立っているようなデザインで、上方向からは描かれない。必ず帽子は鍔の下を見せるように描かれ、その鍔の上にはリボンだけが存在する。
 立体的に考えるとかなりおかしな形で、実際フィギュアを見るとハート形の風船が3つならんでいて、漫画やアニメでお馴染みの印象通りに見える角度はかなり限定される。
 このことから手塚治虫は立体感覚のないヘタクソと言ってしまうこともできるが、平面のウソのつき方が上手かったと言うべきだろう。
 手塚治虫自ら「漫画の描き方」などで語ったように、アトムの頭が常にどの方向から見ても二本飛び出た部分があるのは、そしてサファイアの帽子のリボンが常に3つのハートなのは、ミッキーマウスの耳と同様に「正しいウソ」なのだ。
 実際、最初に描かれた「少女クラブ」版では、もっとリボンらしい形状をしていて、まだウソのつき方に慣れていないことが分かる。

 この帽子は雄鶏のトサカとクチバシをイメージした雄の象徴かと思われる。鍔は黄色く前方に尖っていて、赤いリボンは立って連なっている。

パフスリーブとトリコロールカラー

「バンビ」などのディズニーアニメを下敷きにした習作を経た「リボンの騎士」の背景絵、特に森の描写は極めてディズニーアニメ的だ。
 特にアニメ版は「白雪姫」の影響が強く。サファイア王子はスリットの入ったパフスリーブをして、服は赤青黄色と白で構成される。このカラーリングはセーラームーンと同じ子供に受ける色でもある。
リボンの騎士」のヒットがなければ、このカラーリングが子供に受けるということもさほど認知されず、子供に受けるからという理由で、安彦良和が嫌々塗ったとされるガンダムの色もまた違ったものになっていたのではないだろうか。
 また、フランスの国旗と同じトリコロールカラーは、ジャンヌダルクのイメージを重ねたものとも取れる。

レイピア

 一般にはフェンシングの剣と言った方が通りがいいだろう。「三銃士」のイメージのあるレイピアは、所謂ファリックガールの象徴で、「キューティーハニー如月ハニーや、「ベルサイユの薔薇」オスカル・フランソワ・ド・ジャルジェ、「少女革命ウテナ」天上ウテナも使っている。第一生命のCMキャラクタ「第一でナイト」も、サファイア王子のイメージを持っている。

 剣を使うのは男性的イメージではあるが、剣=男性であるが故に、むしろサファイアの女性性を強調する。

参考:アーマー - 鳶嶋工房ゲームザッキ

タイツ

 コスチュームは腰や股間のラインもあらわなタイツ。
 私なんかは「風の谷のナウシカ」のベージュのスパッツ姿を見て、「履いてない!」と思ったものだが、白黒二色でデフォルメされた漫画では、サファイアの下半身は、むき出しとの実質的差はなかったと言っていいだろう。
 有り体に言おう。サファイアの下半身はエロいのだ。漫画ビジュアル的に「履いてない」のだ。
 上着の裾がベルトの下にミニスカート的な構成を作り、特に斜め後ろから見た時の履いてない感は抜群に高い。
 ちなみに上着の裾がなく全身タイツに近いデザインで登場することも多い。

 この服を着ているとも着ていないともつかない股間は、白鳥の妙に人間的な下半身、あるいは藁の山から突き出した下半身で出現し、嫌が応にも強調される。
 手塚治虫は「鳥人大系」を例に出すまでもなく、鳥人間が好きなようで、「鉄腕アトム」に「ブラックジャック」「火の鳥」にと、ことあるごとに登場する。

 サファイアパイパンむき出しは、同じく手塚の「鉄腕アトム」のトップレスとならぶ、漫画界3大露出趣味に数えられる(今決めた)
 三つ目は永井豪けっこう仮面」か、桂正和「すず風のパンテノン」か悩むところだが、少なくとも現在の「履いてない」絵のルーツの一つは、サファイアとともにパンテノンが担っているのはまちがいないところだろう。パンテノンは本当に履いてないが。

マントを羽織った白馬の王子

 フランツは有り体に言って優等生なデザインと性格でつまらないし地味だ。白馬の王子サファイアの方が華やかで王子然としている。
 それ故、恋愛ものとしてみると失敗している。サファイアが魅力的すぎてフランツでは釣り合わないのだ。
 こう言ってはなんだが、当時フランツに憧れた少女は少数派だったのではないだろうか。男性的魅力から言えば断然、海賊ブラッドの方が上だし、もちろん華やかさではサファイアだ。
 言ってしまえば、フランツは「サファイアが惚れるから価値がある人物」でしかない。

ボクっ娘

 サファイアの男装時の一人称は「ぼく」である。歌謡曲で女性アイドルが「ぼく」を歌うことがあっても、普段から自分をボクと呼ぶ女の子というのはいなかった。
 サファイアの場合は、王子として生きているという設定であるための必然としての「ぼく」であり、手塚治虫作品で男の振りをしている女ということでは、「どろろ1967の「おいら」が思い浮かぶ。

 その後特にそんな設定もなく「ぼく」を名乗る女の子も登場するようになる。
 手塚治虫作品では「三つ目がとおる1974の和登サンこと和登千代子である。
 スポーティーで男っぽいが心は乙女、あるいは少女の未成熟さの象徴、そんな役割語としての「ぼく」の成立は「三つ目がとおる」和登の時代であることはほぼ間違いなさそうだが、サファイアあってのボクっ娘という意味は大きい。

リボンの騎士

仮面

 ジュラルミンの野望を打ち砕くため、サファイアは謎の「リボンの騎士」として登場する。目の周りだけを覆う仮面舞踏会で使われるようなマスク。このデザインは「美少女仮面ポワトリン」などでも使われる。仮面の美少女の定番で「ヤッターマン」アイやドロンジョなどにも受け継がれる。
ベルサイユの薔薇」をベースとした富野喜幸監督「ラ・セーヌの星シモーヌもこのマスクだった。
 仮面の騎士としてジュリエットが登場するGONZO「ロミオxジュリエット」は、シェイクスピアロミオとジュリエット」よりも「リボンの騎士」の影響が大きく見られる位だ。
 ちなみに「美少女戦士セーラームーン」タキシード仮面もこのタイプの仮面。

 なおTV版の「リボンの騎士」状態のサファイアはマスクの他に服もかなり違う。サファイアは仮面で変身する、変身美少女でもあったのだ。サファイアのマスクはウルトラセブンのウルトラアイと同じ意味を持っているわけだ。
 この目の開いたマスクで変装したヒーローというのは「怪傑ゾロ」を意識したものだろう。実際に初期版はゾロに近いマスクだ。

 リボンの騎士はリボンもマントも青く、アニメ版では服も多少SF風味で、サファイア王子との対照をなしている。
 それは明るい日の下のヒーローと、正体を隠した闇のヒーローの対比でもある。

亜麻色の髪の乙女

 亜麻色の髪の乙女として登場する際は、サファイアは単なる美少女ではなく「女装した美少年」でもあった。
 サファイアは「男でも女でもない」状態の時にいたずら天使のチンクに「まず男の心を」入れられ、「その後女の心 」を神様に入れらる。多くの場合サファイアは女の子なのに男装して頑張ると語られるが、むしろ成立としては逆で、男なのに女の振りをしているのだ。
∀ガンダムロラン・セアック→ローラ・ローラは正にこの状態。ロボットものでありながら舞踏会なども開かれる世界であり、ロランもまたサファイア的キャラといえる。

 赤ん坊の時は女の子と「誤認」されたかもしれないが、第二次性徴を迎えるにあたり「生えてきた」りして、劇中ではふたなりだったんじゃないか、と思って読むと相当にBL色の強い話でもある。
 手塚治虫は「地底国の怪人」ウサギ人間の耳男(ミイちゃん)、「バンパイヤ」ロック、「七色インコ」「MW(ムウ)」などで女装キャラクタを描いている。こちらは完全に「女装美少年」のエロスだ。
 この流れは現在「こんなに可愛い子が女の子のはずがない」の名フレーズを産む土壌となっている。

 さて、亜麻色の髪の乙女の状態でサファイヤはブライヤーローズを名乗っており、後の「プライムローズ」を思わせる。プライムローズは肌もあらわな美少女剣士で、当時のロリコンブームに乗った形の漫画だったが、なんというか見事に浮いていた。「オッサンが頑張って若作りした作品を描こうとして無惨に失敗」しているようにしか見えなかった。
リボンの騎士」で最先端の更に先を描いていた手塚治虫が、「プライムローズ」では完全に時代遅れの作家となっていた。萌えはなんとも繊細で残酷だ。

「少年探偵団」シリーズの小林少年がおそらく現在の女装美少年のルーツだろう。「夢幻紳士」夢幻魔実也など、少年探偵の定番が女装である。
 更に、少年漫画では「ストップ!! ひばりくん!」が女装少年の嚆矢といえる。当たり前に女装、そして女の子より美しい少年。この点において、青空ひばりはサファイアの正当な後継者と言っても構わない。
 女装少年といっても「処女(おとめ)お姉さま(ボク)に恋してる」「オヤマ! 菊之助」なんかの場合は、少年の女の子っぷりを楽しむというより、かわいい女の子に囲まれる理由として女装が選択されている作品と言える。
「ヴァンパイアセイバー」リリスの胸や体つきは、どー見ても少年なんだが、どうやら公式設定では女であるらしく、なんだか残念な気持ちになった。逆に「ギルティギア イグゼクス」ブリジットなどは、あまりにしれっとプロフィールに男と書いてあり、流行の兆しを見せていた女装少年ブームの決定打となる。

 ちなみに、ヴィレッジシンガーズの「亜麻色の髪の乙女1968は、サファイアの影響があると思うんだが、実際の所どうなんだろう。

ドレス

 亜麻色の髪の乙女は、サファイア王子と同じく赤いリボンをしていて、スカートにもリボンが配されている。
 三つのハートで構成されるリボンは、あたかも三つ葉のクローバーのようで、単なるリボン以上に可愛らしいイメージを強調する。また黒のストライプは複雑な模様を作り出し、華やかな薔薇のような印象も与える、多重的イメージを持つ名デザインといえる。
 そしてその名の通り、彼女は亜麻色のウェーブのかかったロングヘアのカツラをかぶっている。同じ青い目の美少女ではあるが、その印象は全く異なる。「オンナは化ける」ということの象徴が、亜麻色の髪の乙女でもある。

まとめ

 さて「リボンの騎士」は少女漫画の祖にしてBLの祖である。
 サファイアは王子であり王女である。そのため男装の麗人であり、女装美少年でもある。
 また変身美少女であり、白馬の王子であり、女剣士であり、可憐な謎の乙女でもある。

 とにかく、類型的物語やキャラがこれでもかと放り込まれた「リボンの騎士」は、それ自体が元祖というわけではないが、非常に多くの萌え要素に溢れていて、作品自体も大ヒットして認知度も高く、大きく現在の萌えキャラに影響を与えていることはまちがいない。