「奥さまは魔女」サマンサ
萌えの代表的キャラクタをとことん語るシリーズ。今回取り上げるのは「奥さまは魔女(Bewitched)」サマンサ1964だ。
今まで取り上げたキャラのラインナップは「うる星やつら」ラム、「VOCALOID」初音ミク 、「新世紀エヴァンゲリオン」綾波レイ、「Dr.スランプ」則巻アラレ、「ストリートファイターII」春麗(チュン・リー、Chun-Li)、「不思議の国のアリス」アリスとなっている。
「奥さまは魔女」はアメリカンホームコメディ(シチュエーションコメディ)の代表的作品の一つで、TVドラマを代表する作品の一つと言っても良いだろう。
番組はアメリカで未曾有の大ヒットとなり、その後日本にも1966に吹き替え版として放映され大ヒットとなった。
本稿では日本での「奥さまは魔女」サマンサが与えた影響を語る。「奥さまは魔女」が産まれた経緯や、その後の米国での流れは大して語らないので悪しからず。
奥さまは魔女というドラマ
さて、サマンサはその作品タイトル通り奥様である。
新婚夫婦の家庭で展開されるのは、姑問題、ご近所付き合い、夫の浮気などのホームコメディーで、このあたりは「サザエさん」と同じ定番中の定番と言える。
サマンサは魔女であり、異能者であり排斥されるものである。これは当時大きな社会問題として認識されはじめた人種差別や女性差別などの問題と絡むものであり、かなり思い切った設定だったと言える。
そして「奥さまは魔女」が放映された時代はアポロ計画により有人宇宙飛行、さらに人類が月到達した時代であり、産業革命から続く科学至上主義の時代の頂点ともいえる時代だ。
そのような時代に於ける魔女とは、完全にフィクションとして受け取られることを前提とした作品であったし、様々な意味での「余裕」が産んだ設定ともいえる。
オープニングのナレーション付きのアニメは有名で奥さまの名前はサマンサ。そして、だんなさまの名前はダーリン。ごく普通の二人は、ごく普通の恋をし、ごく普通の結婚をしました。でも、ただひとつ違っていたのは、奥さまは 魔女だったのです!
という、日本語吹き替え版の名ナレーションは、繰り返し再放送やリメイクが行われることもあって、日本人なら誰でも一度は聞いたことがある、というほどのものだ。
このナレーションはサマンサの特徴を良く現している。違っているのは「ただひとつ」で、他は馴染みのある世界なのだ。
引用
夫がダーリンであるのと同様に、娘の名前がタバサというのも「奥さまは魔女」を知っているなら常識だ。
日本のバッグとジュエリーのブランド名「サマンサタバサ」はこのドラマとは関係ない、と主張されているが誰も信じてないと思う。もちろん私も信じていない。格闘ゲームのカプコン「ウォーザード」タバサは魔法使いで母親がサマンサと、明らかに「奥様は魔女」からの引用だ。
「ゼロの使い魔」タバサも魔法使い。「ドラゴンクエストV 天空の花嫁」の娘(魔法使い系)の初期名もタバサだ。
外見要素
キャラクタ
サマンサを演じたエリザベス・モンゴメリは、青い目にブロンドのウェーブした髪、そして大きくセクシーな口、グラマラスなボディの極めて典型的なアメリカ美人で、今見ると少々クドい顔立ちではあるが、当時としては憧れのアメリカのイコンとして十二分に機能した。
むしろ逆に、日本ではサマンサことエリザベス・モンゴメリが「典型的アメリカ美人」として定着したと言った方がより正確だろう。
セクシーなマリリン・モンローや可憐なオードリー・ヘップバーンなどの銀幕のスターより身近な、しかし憧れの存在としての女性がサマンサである。
当時は、単なる観光旅行者でもサインを求めたほどの憧れの存在が、白人(外人・アメリカ人)であったのだから、魔女という能力は別にしたら単なる若奥様であるサマンサも、憧れの対象となった。
また、ドラマの中で描かれる大型テレビとソファのあるリビング、冷蔵庫にコンロと清潔なシンクのあるキッチン、広い庭のある一戸建てにマイカー、それらは全て憧れの対象であった。
おでかけのキスやらエンゲージリング、それに愛しい旦那様のことをダーリンと呼ぶということ、「奥さまは魔女」はアメリカ文化を学習するための教材でもあったと言える。
衣装
サマンサは、OPアニメで魔女としてはスタンダードな黒の三角帽と黒のドレス黒マントを着ている。
このタイプの衣装はアニメでは「おばけのホーリー」マジョリーヌや「魔法少女隊アルス」、「ソウルイーター」の魔女達などに、特に記号化が強いゲームの中では「伝説のオウガバトル」デネブや「GUILTY GEAR XX」イノなど頻繁に見ることができる。
これは特にサマンサが作り上げたイメージということもなく、19世紀前半に既に成立した「カワイイ魔女」の典型としてのファンシードレスのデザインである。
サマンサは、OPで猫に変身したり、ドラマの中で猫を人間にしたりということもあるが、魔法少女につきものの使い魔(ペット)はいない。
以前の魔女は柄ではなく箒を(馬の頭に見立てるように)前にして乗っていたりもしたようだが、サマンサのおかげもあって、いまや箒を後ろにするのが常識だ。またサマンサが乗っているのは、工業製品として作られた平たいホウキだというのも面白い。
毎回違う衣装で登場するサマンサは、バービー的印象のあるキャラであり視聴者のファッションリーダーでもあった。戦後の日本のファッションの方向性を担ったキャラの一人と言える。ただし萌えの方向での直接の影響という面で見ると、さほど大きくない。サマンサ→現実→萌えという流れで見ると、影響は大きい。
内面要素
エリザベス・モンゴメリ演じるサマンサは、ダーリンにぞっこんだが、魔法を使わないとの約束を結構軽く破ってしまって喧嘩になってしまう、でも最後はキッスで解決。そんなチャーミングと呼ぶに相応しいキャラクタである。
ダーリンもサマンサにぞっこんであり、それを隠そうともしないが、日本では「うる星やつら」ラムとあたるのように女性は惚れたところを隠さないが、男性は憎からず思いつつも積極的に好きだとはいわない、そういう関係が主流だ。他の女性には好意を隠さないが「本命」には好きとは言わない、逆にそれこそが好きであることの証であるわけだ。
魔法少女
「奥さまは魔女」は、魔法少女ものの原型となっている。
また日常を舞台として魔法や不思議な生き物などの要素が加わったエブリデイ・マジックの典型でもある。
同様のものには「かわいい魔女ジニー」や「メリー・ポピンズ」があるが、萌え的にはダントツに「奥さまは魔女」の影響が強いだろう。
OPアニメでは、月をバックにホウキにのって魔法のステッキ(magic wand)で魔法をかける様子が描かれた。
これが「コメットさん」1967などに強く影響を与え、魔法少女の定番となった。
特に「魔法使いサリー」1966はサマンサが「サム」とか「サミー」とか呼ばれることからも、かなり強い影響を感じる、何せサリーは最初「サニー」だったのだ。ちなみに「魔法少女プリティサミー」がサミーなのは丸っきりタマタマだろう。
なお、「秘密のアッコちゃん」1962は「憧れの職業の大人」に変身するという魔女っ子のフォーマットを作り上げている。ただしサマンサの持つ恋愛要素が加わって初めて「萌え」の文脈に乗るということは重要な点だ。
ドラマ本編では魔法を使う時には、「ピコピコリン」の効果音とともに唇の端を動かすというアクションを使っていて、OPのイメージとは結構違う。
漫画やアニメに於ける影響は、ドラマ本編よりもむしろこのOPのアニメーションの方が大きいかもしれない。
ちなみに、OPアニメでサマンサが手に持つ棒は、星の飾りも何もない教師の指し棒(か鞭)のような地味なものだが、振ると星が飛び散った。
実写では「コメットさん」の他「好き!すき!!魔女先生」、「魔法少女ちゅうかなぱいぱい!」「美少女仮面ポワトリン」などの東映不思議コメディーシリーズ他が直接の流れで、「スケバン刑事」もヨーヨーという道具で非日常的能力を持った魔法少女的ヒロインと言える。「美少女戦麗舞パンシャーヌ 奥様はスーパーヒロイン!」は、ポワトリンのパロディではあるが「奥さまは魔女」と同じ魔法を使う奥さまという地点に立ち戻っているのが面白い。
アニメでは「魔法使いサリー」などの東映魔女っ子アニメ、「魔法のプリンセス ミンキーモモ」を挿んで「魔法の天使クリィミーマミ」などのピエロ魔法少女シリーズ、特撮戦隊の要素を取り入れた「セーラームーン」シリーズ、「おジャ魔女どれみ」シリーズ、「プリキュア」シリーズ、へと繋がる。
そしてその他のアニメでも、「カードキャプターさくら」や「魔法少女リリカルなのは」など、もう美少女アニメと(変身)魔法少女アニメはイコールに近いほど、その結びつきは強い。
魔法少女のバリエーションは多く、「魔女の宅急便」や「魔法遣いに大切なこと」のような、魔法が秘密ではなく日常に溶け込んだ作品も作られている。
参考:Category:魔法少女アニメ - Wikipedia
関係要素
秘密を共有する恋人
ダーリンは新婚初夜に魔女であることを打ち明けられる。そしてサマンサは魔法を使わないことを条件に、これからの結婚生活を送っていくことを約束する。
この奥様が(凄い能力等の)秘密を持っている(あるいは奥さんであることそのものが秘密)というパターンは、繰り返し使われてきた。
「ぶッかれ*ダン」「高校聖夫婦」「青い瞳の聖ライフ」「おねがい☆ティーチャー」「おくさまは18歳」「おくさまは女子高生」「奥様は魔法少女」「ママはライバル」「ママはアイドル」などなど。
奥さまでない場合も含めて考えると、何らかの秘密を共有することは、もはや美少女ものの基本フォーマットと言っても過言ではない。
以前は恋人どうしてあること自体がバレてはいけないことだったりしたが、もはやそれは全く隠すことではなくなってしまった。そこで使われるのが、このような秘密を共有することで発生する疑似恋愛状態となる、あるいは恋愛状態を強化する。
バレてはいけない秘密を共有することによる共犯関係の緊張感であり、また美少女をつなぎ止めるための鎖としても働く、実に使い勝手の良い設定と言える。
「涼宮ハルヒの憂鬱」ハルヒは、ハルヒ本人はもの凄い能力を持っているがその自覚はなく、周りの人間がハルヒにハルヒ自身が能力者であることを知られないようにするという、サマンサの逆転設定だ。
それ自体を見ると「トゥルーマン・ショー」や「サトラレ」と類似した設定ではあるが、サマンサ登場40年にしてサマンサから脱した画期的作品、という見方もできる。
女ドラえもん
いみじくも「ちょびっツ」でCLAMPが書いた、「女ドラえもん」という言葉。同居人、不思議な能力、そして美人。
それは要するにサマンサのことであるのだが、サマンサが「普通の恋をして結ばれた」相手であるのに対し、多くの美少女漫画・アニメでは突然現れた存在であり、恋はまだ始まっていないということが決定的に異なる点だ。とはいえ、新婚初夜の告白が「突然現れた異邦人」と言う条件を満たすとも考えられる。
ちなみに、突然主人公の上に落っこちてくるパターンが多いので「オチモノ」とテトリスの親戚のような呼ばれ方をすることもある。「ゴミ捨て場に落ちてた萌えるゴミ」ちぃも、ある意味「オチモノ」だ。
異界からの訪問者としては、「ウイングマン」アオイをはじめとする桂正和のSF風味の恋愛漫画のヒロインを筆頭として、「ああっ女神さまっ」ベルダンディ、「ちょびっツ」ちぃ、「DearS」レン、「To LOVEる」ララ、「大江戸ロケット」ソラ、「狼と香辛料」ホロなどなどなどなど、枚挙に暇がないとはこのことだ。
上記の例には、「かぐや姫」や「天女の羽衣」「鶴の恩返し」「雪女」といったイメージが重なることが多い。これらは世界的に多く見られる異類婚姻譚(かぐや姫は結局結婚はしないが)であり、目新しいものではない。しかし昔話として語られてきたそれらが「現代で」という発想の転換はサマンサを軸として起きたと言えるだろう。
まとめ
サマンサは直接に同人誌が描かれたり、萌えのアイコンとなったりすることはないが、萌えに非常に大きな影響を与えているキャラだ。
魔法少女の原型、異能者との同居恋愛もの、アメリカンビューティーのステロタイプ、明るく押しの強いヒロイン。
今後もサマンサは愛されるヒロインであり続け、「奥さまは魔女」の類型物語は作られていくことだろう。